「舞台裏」

 

 

新井 豊一 さん(氷見市)

 新井豊一さんは、初回ならびに前回に続く3度の最優秀賞を受賞する結果となった。毎回、審査委員がアッと目を止める力作を寄せて、上位入選に名を連ねるベテラン作家である。

同氏の写真を毎回見ると、あくまでトラックが主役である写真は少ないように思える。他の対象物の傍らにトラックが居たり、決してトラックは全面に出て来ないのが新井さんの作画特徴だ。だからと言って決して弱い写真は1つもなく、むしろ優しいカメラワークの中にストレートに伝わる強さを醸し出してくれる。審査委員の誰もが「今年はこう来たか」と、覚悟して新井さんの作品を凝視すると、見れば見るほど面白い。


 トラックというシンボライズされたイメージ写真が多い応募作品の中に一際目立つこの作品は、ドキュメンタリーそのものであった。被写体に対する至近距離からの姿勢と、現場の流れを見据える眼、これから始まろうとする大衆演劇の裏側を的確に表現した同氏の狙いに脱帽である。トラック輸送が必ずしも生活に直結した荷物だけを運んでいる訳ではない、舞台資材という普段見ることができない輸送の裏舞台も表現した。アルミ車を背景に、障子と籠の舞台セットが置かれ、取り巻く役者衆の立ち位置もリズムがあって面白い。夜間という厳しい撮影環境にも関わらず、被写体に対する新井さんの熱意は常々関心する。まだ幕が上がらないのに舞台のストーリーが写真から分かってしまうのは何故か。舞台裏とは言うものの、既に芝居が始まっている錯覚さえ感じてしまうのが面白い。他の作品を寄せ付けなかった作画と写真の力は、技術だけに捕らわれない新井さんの現場主義の姿勢が写真に表れた証しと言える。

 

< 戻る

 


 雲上からの貨物」

 

 

若林  繁 さん(婦負郡婦中町)

 山峡に架かる橋は、濃霧に包まれて水墨画のようだ。良く霧が発生する環境にあるのか、定かではないが、若林さんは状況判断と作画処理が上手い方である。本コンテストでは毎回応募して頂き入選経験のある作者だが、何時にも増して抜け目のないフレーミングで纏めて来る作画に、同氏の綿密さが伺える。

 カラー写真でありながらモノトーンの階調と、画面上部が見えないのが一層の幻想感を感じさせてくれた。大型のトラックの後ろに付いてくるワゴン車との対比も面白いし、悪条件で走行する両車の慎重さも伝わって来る。見るところ200 ミリ以上はある望遠レンズの特性を十分に活かし、対象物を引き寄せた結果が無駄のない若林さん本来の作画に近付けた結果となった。

原版を見ていないので定かではないが、アンダー調にプリントを仕上げて、ダークトーンの中に際立つセンターラインと濃霧の質感が上手く表現されている。

 

< 戻る

 


 道先案内

 

小坂 裕見子 さん(富山市)

 小坂さんは初めての応募で入選された方だが、写真はある程度自分なりに楽しんでいるように拝察する。デジタル化が進展する今日の写真環境では、本コンテストでもデジタルカメラによる写真が増えてきている。反面、小坂さんの作品はポジ(リバーサル)フィルムを使用してダイレクトにプリントされた作品であった。明らかにネガフィルムとポジの印画を見ると仕上がりの違いが歴然とするが、双方のフィルム特性をある程度分かっている方だろう。
 撮影旅行の帰り?に偶然にも虹に遭えて思わずシャッターを切った彼女の機動力が好結果を招いた結果となった。虹が出ている時間はそう長くはないだろうし、必ずしもトラックが通過するとは限らない。そのような制約の中で小坂さんはどれくらいシャッターを切ったのだろうか。シャッターチャンスを逃さない、安定した作画から青空と稜線のコントラストが一層虹を引き立たせる結果となった。

 

 

< 戻る

 


 渋滞のなかの使命

 

 

石黒 外志 さん(中新川郡上市町)

 石黒さんは過去に最優秀賞を受賞した経験のある方だが、トラック輸送の根幹をストレートに表現できる方だ。言わば物流という基幹産業を熟知していて、トラック輸送とは何かを見る側にストレートに伝えるのが上手い。

 春を彩る桜並木は観光客で渋滞し、マイカーに挟まれたトラックの行く手を阻んでいる。しかしながら、イライラ感が全く感じられないのは、石黒さんの安定したフレーミングのお陰なのだ。望遠レンズの特性から桜並木や車の渋滞が一層強調されている中で、悪条件でも怯むことのない輸送の安心感さえ伺えるものである。トラックを右端に置いているのも効果的で、逆に左に来たらトラックが道を阻んでいる錯覚を与えてしまっただろう。その辺りも石黒さんは、情景描写が上手い方だしトラックに対し気遣う作者の思いが十分に伝わって来る。すでに写真の構成やレンズの特性、作品を作り上げるプロセスは認識している訳だから、決して借り物ではないもうワンステップ超えた石黒さんのオリジナリティーを出せる被写体にチャレンジして欲しい。


< 戻る

 


 「明日へ」

 

 

八木 竜馬 さん(富山市)

 八木さんは応募者の中で最も若い作者であった。仕事を終えたトラックの帰路をイメージし、また明日の物流を支えるトラックを表現した写真であった。彼は自分のイマジネーションを即座に転写する表現力のある方だと思う。何を言いたいのか、表現したいのか、という要素が心の中で整理されていて、現場に立ち会った時に自然と作画表現できる方なのだろう。

 キャッチコピー一つで、イメージポスターになってしまうようなコマーシャル的要素を備えた写真である。広角系レンズのフレーミングで狙った結果、空と取り巻く雲の質感が強調され、トラックのダイナミックさと流動感が縦位置画面を締めて、メインテーマである明日への物流の姿を明確化できる仕上がりとなった。作者は路肩で撮ってはいるものの、どれだけ至近なのかはセンターラインからはみ出すトラックで分かる。誰もがファインダーを覗いた時に、回りが見えにくい状況になりがちだから撮影には十分注意して頂くとともに、今後も若い感性豊かな作品を望んで止まない。

 

 

< 戻る

 


 「桜のストリート」

 

 

玉生 康博 さん(婦負郡八尾町)

 玉生さんも満開の桜並木の風景を狙った写真であるが、石黒さんの交通環境という問題性とは別に、優しいイメージで纏めた写真である。
 春を彩る日本の正しい原風景とワゴン車とのコラボレートが夢を与えてくれる写真になった。枝葉を伸ばして春の訪れを知らせる桜の花が小型車と相俟って、静脈物流を象徴させる共通点を見出している。左端の桜の木をさりげなく配し、正にアーチを通り抜けて来る車両を確実に捕らえた作者の計算高さが伺えるものだ。

< 戻る

 


 「安全を願う」

 

宮島 行雄 さん(高岡市)

 砺波平野の北部に位置する高岡市は、古くから銅器・染色製品などを特産とする金属・化学工業の盛んな地域である。道路の傍らで、トラックを見下ろす眩しいほどの観音様が道行く車を見守っている。その光景が何とも言えない情景描写を醸していて、何処となく普段大きく見えるトラックが小さく見えてしまう。妙に輝いている観音様の神々しさと、遠慮しがちなトラックの姿が異質な空間を感じてしまう。
 交通事故防止は永遠のテーマだが、誰もがこの場所を通ると身を正し、心の何処かで観音像を心の寄り処としているのかも知れない。高岡という地域特性と作者の視点が上手く表現され、宮島さん自らの事故防止への願いが託された作品になった。

 

< 戻る

 


 「今日も安全運転でね」

 

 

宮永光雄美 さん(小矢部市)

 全面に出した大型トラックのフォルムから輸送の力強さが表現される一方、日常の一コマを捕らえたことで、より生活空間が垣間見られた作品に仕上がった。
 運転者と挨拶を交わす方との関係は決して親子ではなく、取引先か近所の顔馴染みの関係であることが運転者の笑顔と頭を下げた情景から伺える。そこには、親しみやすさが表現されていて、輸送に至る信頼関係さえ感じるものがある。見送る側の安全に対する願い、そしてドライバーのゆとりと誇りが十分感じ得られる作品であった。

< 戻る

 


 「解体現場」

 

村上 久信 さん(中新川郡上市町)

 村上さんも同コンテストではベテラン作家の一人であり、物流が生活と産業に直結した産業であることをストレートに表現する作品を寄せてくれる。とりわけ、人物に特化した作品で定評ある作品イメージがあるから、今回のように過酷な現場写真を見ると村上さんの作風ではない錯覚を得てしまう。しかしながら、制約された撮影条件の下でどうしたらトラック輸送を表現できるか模索して、新しいモチーフに取り組んでいるのが十分伺える。
 今回の作品では、形あるものが崩されていく相貌が余りにも強すぎて、トラックを探してしまったほどであった。公共施設なのか大して老朽しているようにも見えない建物が壊されて行く現代、時の流れに納得が行かないメッセージ性も感じてしまう。1点に絞った応募であったため、現場の流れが掴めないが、廃棄物を載せたトラックが出て行く行方も知りたいし、その背景に建物を配しても十分伝わったであろう。現場のリアルさが真っ先に飛び込んで来るだけに、視点の置き場所が難しいかったと思う。

 

 

< 戻る

 


 「除 雪」

 

此川 勝海 さん(黒部市)

 産業や生活に関わる荷物を運んでいるトラックは、時に雪を積載する情景に出遭うのは雪国ならではのもの。小生のように普段、雪に見舞われることのない地域に住む人からすれば、異質な荷物に面白みを感じてしまう。しかし、この地域の人にとってはごく当たり前の光景でしか過ぎない被写体を改めて写真として見せられると、これも欠かすことの出来ない輸送なんだと認識できる。
 私たちは当たり前の光景を写真のモチーフにした時に、シャッターを切らないという狡さに変わってしまうことがある。それは見慣れた光景がビデオを見ているかの如く、流れで見据えているせいで写真としての作品にはならないという意識が働いてしまうからなのだ。見慣れた光景も、一瞬の内に切り取るという行為が写真本来の特性を発揮されると、見えないところが見えて来ることが多い。此川さんは被写体に対して正確に捕らえることができる方だから、それを作品にするためにご自身本来のエッセンスを加え作品創りに望んで欲しい。

 

< 戻る